一般ユーザーによって作られたコンテンツ、UGC(User Generated Content)。近年、マーケティングでも非常に重要な要素となっています(※「UGCって何?」という方はこちらの記事をどうぞ!)
そこでホットリンクでは新連載として、質の高いUGCを生み出し、集客やサービス認知に成功している企業様の事例を紹介していく企画「きょうのUGC」を発足しました。今回は、ホテル「ニッコースタイル名古屋」さんです。
2020年8月、コロナ禍のさなかにオープンした同ホテルは、「コーヒー」と「音楽」というふたつの軸が強み。音楽プロデューサーKenichiro Nishihara氏が監修するBGMは、24時間一度も同じ楽曲が流れることがなく、常に新鮮な雰囲気を来館者に提供します。非日常な空間に寄り添うのは、名古屋発祥の「TRUNK COFFEE」が監修焙煎する、ホテルオリジナルのスペシャルティコーヒーです。
ニッコースタイル名古屋さんは、Instagramストーリーズにてカフェやラウンジ、宿泊でホテルを利用したユーザーの投稿を多数紹介しています。名古屋に新しく誕生したホテルが、なぜこれだけ多くのUGCを生み出しているのか。ニッコースタイル名古屋のInstagramの運用を行なう西邦之(にし・くにゆき)さんに、話を伺いました。
(執筆:サトートモロー 進行・編集:澤山モッツァレラ)

コーヒーと音楽、ふたつのこだわりで作る感動体験
―ニッコースタイル名古屋さんのコンセプトを、改めて教えていただけますか?
西:
「このホテル、泊まらなくてもお茶だけでも行ってみたいな」と思えるライフスタイルホテルが、名古屋にあってもいいのではと考えたのです。
東京、大阪、京都、福岡などの主要都市には、「行ってみたい」という関心を抱かせるホテルがたくさんありますよね。一方で、名古屋は冠婚葬祭などの目的を持って訪れるホテルや、ビジネスで利用するホテルが集中している特殊なマーケットでした。
コロナ禍前の価格帯を見ても、名古屋では15,000円以上のホテルは両手で数えられる程度です。逆に、12,000円以下のビジネスホテルは無数にひしめき合っています。
―新しい市場で、ニーズを喚起しようというコンセプトがあったのですね。
西:
そうですね。オークラニッコーホテルズとしても10数年ぶりとなる新しいブランド立ち上げなので、注目してもらえそうな地域に出店したいという思いもありました。
大前提として、スタッフには「行ってみたいホテル」そして「泊まってみたいホテル」というふたつのキーワードを、日々伝えています。
興味を持ってもらい、カフェやレストランを体験していただき、今度は泊まってみたいなと思っていただく。そういったホテルにしたいと考えました。
名だたるライフスタイルホテルがすでに進出しているなかで、どのようなコンセプトが必要かを考えました。そこで、差別化のポイントとしてあげたのが「コーヒー」と「音楽」です。
例えばコーヒーに関していうと、実は「国内のホテルでスペシャルティコーヒー(上位2〜5%の、最上位品質のコーヒー)をお出しする」という商習慣は、それほど根付いていません。一方で、ワインはロマネ・コンティやオーパス・ワン、シャトーマルゴーなど高級なラインナップをそろえています。
「ホテルで提供するものは、特別で高品質であるべきだ」という思いから、コーヒーにこだわることにしたんです。その思いを名古屋のTRUNK COFFEEの鈴木康夫氏に伝えたら、意気投合してお話を進めることができました。
―クオリティの高いコーヒーを飲みながら、素敵な音楽を聴いてほしいというコンセプトなのですね。
西:
多くのライフスタイルホテルには、DJブースが置かれていることが多いです。しかし、DJブースが単にインテリア要素になっているホテルは少なくありません。そこで、私たちは積極的にDJブースを活用したいと考えました。それに加えて、音楽プロデューサーのKenichiro Nishiharaさんに出会うことで、BGMには無限の可能性があると感じたんです。
―無限の可能性とは、具体的にどんな点でしょうか?
西:
彼には、「優れたBGMは無音のようにふるまうものである」という哲学があります。うるさい音は騒音、心地よくない音は人にとって雑音になってしまいますが、無音の世界は冷たさや緊張感につながります。
普段の会話では聞こえてこないけれど、静かになったふとした瞬間に聞こえてくる音楽。それが本来のBGMだというのです。
そこで、Kenichiro Nishiharaさんが提案してくれたのが「24時間1曲も同じ曲がかぶらないこと」でした。さらに、1日を7種類の時間帯に分け、それぞれの時間帯で人々が「合う」と感じる音楽を流すようにしました。
そして、例えば「毎日15時にカフェへ訪れるお客様」がいたとして、その方が毎回同じ音楽を聞くことのないよう、現在約8,000曲のレパートリーの中から、自動で音楽がプログラミングされ流れるようになっています。
こうした工夫によって、コーヒーを飲む心地よさと、音楽の心地よさ、館内の空間の心地よさを堪能していただける、今までにない体験が提供できるホテルになったかなと思っています。
Instagramの「後押し力」で女性の支持集める
―Instagramを拝見しましたが、カップルや女性客の利用がすごく多いですね。
西:
開業前からInstagramを運用しておりますが、フォロワーの約65%が女性ということもあり、実際に訪れていただける方も女性のお客様が非常に多いですね。特にレストランやカフェをご利用者の約7割は女性です。
―長年ホテルブランドを培ってきたオークラニッコーホテルズ様にとって、初のライフスタイルホテルは新たな市場を作る大きなチャレンジだったと思います。
西:
そうですね。従来の弊グループホテルは、お客様の年齢層が比較的高めでした。今回、私たちが新たにターゲットとしたのはいわゆるミレニアル世代やZ世代のお客様です。
こうした世代の方々が、約2万円の宿泊費を払って新しいホテルに泊まってくれるのかは、難しいかもしれない。「この金額を払っても泊まりたい」と思えるホテルを作るためのコンセプト作りは、大きな課題でした。
また、ホテル業界はOTA(オンライン・トラベル・エージェント、インターネットのみで取り引きを行なう旅行会社)上での評価が売上に大きく左右されます。各旅行サイトの評価基準でで、重要なのがお客様からの口コミ評価です。良い口コミ評価を増やすのに、ひとつの手段としてSNS運用を考えました。
―開業前からSNSをはじめたということですが、UGCを活用しはじめたのはどんな経緯があったのでしょうか?
西:
Instagramを運用する過程で、さかかなさんのような「ホテルラバー」がいることを知りました。これまで、ホテルを発信する人というのはホテル評論家や批評家といった人々だと思っていました。ホテルを泊まり歩き、「このホテルが好きだ」と発信する存在がいることをさかかなさんをきっかけに気づいたんです。
彼女のようなホテルファンがインフルエンサー化していて、ファンの方々がいることも驚きでした。
―初めてお会いしたのはいつ頃ですか?
西:
2020年1月頃だったと思います。ちょうどClubhouseが流行していたのがきっかけで、多くのホテルラバーさんたちと知り合うことができました。
一般の方々も含めて投稿していただいた発信内容を見ると、すごく素敵な写真を撮られる方もたくさんいらっしゃるなと感じました。
ホテルとして、カメラマンに依頼して紙媒体用の料理写真を撮影することはありました。しかし「インスタ映え」する写真を撮るという経験がほとんどなく、プロに依頼するにも勝手が分からなかったんです。
そこで、Instagramできれいな写真を上げるホテルを利用された方々に、写真を使わせていただくことを思いつきました。実際に連絡をして、撮影者のアカウントをクレジットとして明記させていただきたいと相談したんです。
すると、ほとんどの方々が喜んで写真を提供してくださいました。
https://www.instagram.com/stories/highlights/17907862534635811/
一方で、運用する上で知り合いのホテルラバーの方々以外のインフルエンサーを招待するということはしていません。逆にそうした営業があるとお断りしています。ホテルをご利用いただいたお客様が素敵な写真を撮ってくれるので、そこをもっと後押ししたいというつもりで続けています。
―その「後押し力」が、投稿数にも現れていると感じます。ニッコースタイル名古屋の写真といえば、「宿泊した部屋の鏡の前での一枚」が定番でした。
最近では、コミューナルロビーの書棚の写真を使うなど、バリエーションも豊富になっている印象です。
こうした写真を見ても、西さんご自身が素敵な写真を選ぶのがとてもお上手なんだと感じます。
UGCが自然発生する「こだわり抜いたサービス提供」
―UGCが生み出されるよう、他に行なっていることはありますか?
西:
ホテルオリジナルスイーツにも力を入れています。特に1月17日~2月28日の期間限定で発売した「いちごスイーツ」は、お客様からも非常に好反応でした。
名古屋、愛知、東海エリアで有名な食のインフルエンサーさんであるnagoya.mさんという方がいます。
彼女はなかなか手厳しいんです(笑)。実際に食べておいしくないと感じたスイーツには、悪し様に書くことはありません。代わりに、スイーツ以外の要素(お店の雰囲気やサービスなど)をほめます。
―言及しないということは、つまりそういうわけなんですね(笑)。
西:
なかなかおいしいとは口にしてくれない彼女ですが、このいちごパフェはおいしいと好評でした。
彼女がパフェをほめる投稿をしてくださった時は、彼女のファンと思しきユーザー様がたくさんフォローしてくれて。提供期間中に、約150フォロワー増加したんです。
また、彼女はレストラン以上にホテルを気に入ってくれていて、必ずInstagramにも投稿するなど、弊館をすごく推してくださるんです。彼女がホテルについて投稿すると、週末はカフェがほぼ満席になることもあります。
―発信力のある方が、PRではなくファンとして投稿してくださるのは大きなポイントですね。ニッコースタイル名古屋さんのお話を聞いていると、質の高いサービスを出し続けることが、良質なUGCにつながるということを実感します(参照)。プロダクトやサービスを磨き込んでいることで、自然なUGCの発露になっているんだなと。
ホットリンクでは、Instagramにおける購買行動プロセスを「UDSSAS」というサイクルで表現しています。ホテルニッコースタイル名古屋さんは、このサイクルが順調に回っていると感じました。

来店動機につながるメディアに育てていきたい
―UGCを活用した結果、売上などの変化はありますか?
西:
コロナ禍のなかで観光業界はさまざまな施策を打っているため、UGC「だけ」が売上に貢献したと特定できない部分はあります。それを差し引いてもUGCを活用するようになり、Instagramのフォロワー数はより増えやすくなりました。
アカウントでは宿泊部屋の鏡での写真をハイライトに入れ込んでいますが、その数も徐々に増えていると感じます。そこからホテルに関心が集まっている、人気度が高まっていることを実感しています。
コロナがやや収まっていた2020年11月・12月は、休前日の稼働が100%近い状態でした。まだ平日は苦戦していますが、休日や卒業シーズン、夏休みシーズンは「いける」という期待感があります。
―今後、Instagramの運用で目標はありますか?
西:
当面の目標として「3,000フォロワー」を目指しています。Instagram運用で相談した時、多くの方から「3,000フォロワーを超えると、伸び率が大きく変わってくる」と言われたからです。もう少しで達成できそうなので、ここは頑張りたいですね(編集部注:取材後、すぐに達成されたそうです)。
Instagramでバズっているホテルは、隈研吾氏や安藤忠雄氏のデザインといった、分かりやすく大きな発信力を持つところが多いです。ニッコースタイル名古屋はコーヒー、音楽、空間といずれも写真でなかなか表現できない要素を強みにしています。
ですが、ニッコースタイル名古屋は知る人ぞ知るものを扱い、そのこだわりに感動してくださったお客様が投稿されるケースが多いです。そして、高い口コミ評価をいただいております。実際に、1回目の来館で「リピ確定」とSNSに投稿してくださる方もたくさんおられます。
今はコロナ禍ということもあり、ホテルに来館いただくところに苦戦している状態です。だからこそ、Instagramをもっと来店動機につながるメディアに育てていきたいですね。
―この度は、お忙しい中ありがとうございました!