SNSコラム

愛の想像力を持てているか?誰に向けて事業を動かしているか?――sio鳥羽シェフの情熱的仕事論

2020年10月30日
ザ・プロフェッショナル | 外食業界向け

最終更新日:2021年5月20日

各業界で活躍するさまざまなプロフェッショナルたちとホットリンクCMO・いいたかが、2020年以降のSNSマーケティングのあり方について考える対談シリーズ「ザ・プロフェッショナル」

今回のゲストは、代々木上原にある大人気フレンチレストラン「sio」のシェフである鳥羽周作さん。
緊急事態宣言が発令されてからいちはやく自店のレシピをSNSやnoteで公開したり、テイクアウトのお弁当を発売したりなど、「星つきのフレンチレストラン」のイメージを刷新するようなアクションを起こしてきました。

シェフ個人がSNSを運用すること自体がまだ珍しいなか、鳥羽さんは熱い想いを胸に、積極的に発信しています。

今回はいいたかが、鳥羽さん流のSNS運用について深く聞いてみました。発信の根源にある原動力を聞いていくうち、鳥羽シェフのある真摯な「想い」が垣間見えてきました。

鳥羽周作。ミシュラン一つ星フレンチレストラン「sio」のオーナーシェフ。丸の内ブリックスクエア内のビストロ「o/sio」や、渋谷フクラスの洋食屋「純洋食とスイーツ パーラー大箸」など、精力的に出店を続けている。「#おうちでsio」でユーザー向けに独自のレシピをSNSで公開し、話題に。ハッシュタグがきっかけとなって2020年9月には「やさしいレシピのおすそわけ #おうちでsio」が発売。オンラインコミュニティ「料理楽しい研究所」を主催したり、テイクアウト弁当を発売したりと、飲食業界に変革を起こすような取り組みを先進的に行っている。

SNSは自分のスタンスを表明する場

いいたか:
鳥羽さんって、SNS運用すごくうまいですよね。

鳥羽:
僕上手なんですかね? 田村さん(Mr.CHEESECAKE代表田村浩二さん)の方がうまいと思いますよ。

いいたか:
いや、うまいですよ。田村さんもそうですけど、個人のアカウント運用は実は戦略的にやってない人の方が結局うまくいくんですよ。

※Mr.CHESSECAKE・田村さんに取材した記事はこちらから

【前編】始まりはInstagramの投稿から―大人気店「Mr. CHEESECAKE」代表・田村さんとSNSの付き合い方

【後編】Mr. CHEESECAKEが提供しているのは「時間」だ。本物のブランドであるために田村さんが考えること

鳥羽:
そういうものなのかもしれませんね。嫌な人は見なくていいという前提で、「僕たちはこれだ」ってスタンスを発信する場にしていますね。SNSで一番大事なのは、まずは自分のスタンスを表明することだと思います。

いいたか:
おっしゃる通りです。実際、スタンスに共鳴して来店される方が多いんですよね?

鳥羽:
そうなんです。SNSを通じて「レストランでしか体験できないものがある」と改めて実感しましたね。SNSをやって得た一番大きな気づきかも。

Twitterで「#おうちでsio」をつけてレシピを公開した時も「sioのレシピ美味しいね、じゃあ今度お店行ってみよう」と思ってくれる方が大勢いたんですよ。「自分で作れるからいいや」ではなくて、SNSやコンテンツを通じてお客様とコミュニケーションを取ったからこそ「本物を食べに行きたい、レストランに行きたい」と思ってもらえる価値が生まれた。そう考えると、レストランというリアルな場での価値って今後もなくならないじゃん、みたいな。

鳥羽さん独自のこだわりが行き届いた店内

いいたか:
実は妻もTwitterでsioのレシピを見つけたらしく、料理を作ってくれました。めちゃくちゃ美味しかったです。

鳥羽:
ありがとうございます(笑)。レシピを公開したのも、僕なりにお客様のためになることを考え抜いた結果のことで。あれもスタンス表明のひとつですね。SNSでのスタンスの表明と、その結果として支持してくれる人と繋がれるかって、特にコロナ禍ではかなり重要になってくると思います。

でも、ほとんどの料理人はお客様に自分たちのことを伝える術を持っていないんですよね。基本的には、今まで来ていただいたお客様をベースにすることでしか集客できない。エリアも客数も限られた状態でしか戦えないわけです。でもSNSの力を借りれば、遠方にいる全く接点のなかった方に知ってもらえる。

いいたか:
鳥羽さんは、スタンスが相手に伝わるよう工夫されていることはありますか?

鳥羽:
意識的にやっているのは、sio関連のツイートをしてくれた方を見つけた時、リツイートではなくリプライをすることですね。
エゴサしてリツイートするのは定石だとは思うんですが、僕は好きじゃなくて。それよりも、直接「あざす!」みたいな感じでリプライする方が好きですね。発信してくれた人に対してしっかり「見てますよ、ありがとうございます」とリアクションして絆を深めていくのが大事なのかなと。


鳥羽:
もちろん僕のやり方が正解だというわけではなくて、これもスタンスのひとつだと思います。自分のキャラに合った運用方法をすればいいだけだと。そのスタンスを好きになってくれた人と交流すればいいわけですから。

「結局はお客様のことを考えているか、考えていないか」

いいたか:
鳥羽さんは嫌なら見なければいいというスタンスがありつつ、基本的にはお客様目線で考えて、アクションして、それが結果的にすごく良い戦略になっているなという印象があります。

鳥羽:
そうかもしれません。今度、お店でフルーツサンドを新しく提供するんですけど。以前、SNSでフルーツサンドのレシピ公開して、ものすごくバズったんですよ。そこから満を持して「ついにお店で食べられる!」ってなったら、絶対みんな来るじゃないですか。

色々お客様目線でやってきて、その結果、勝利の方程式がなんとなく見えてきてる感じがしますね。
まずnoteやTwitter、Instagramのコンテンツなどを通して、お店の取扱説明書というか、スタンスを先に広めておく。そこに共鳴してくれた人が来店してくれるという図式は、いろんなシーンで応用できます。

もちろん、大前提として美味しいものを作るところは徹底的にこだわっています。でも美味しいって感覚的じゃないですか。だから僕は「おいしさのKPI」を設定しているんですよね。

いいたか:
おいしさのKPI?

鳥羽:
まず、「この料理はこの状態がゴール」と決めるんです。例えば、「甘くて、牛肉が柔らかくて、こってりした味付けで、ジャガイモがほくほくの肉じゃが」と決めてから作る。

ゴールが明確だと、そこにたどり着きやすくなりますよね。こってりした味付けに必要な調味料は何か? ほくほく食感を出せるジャガイモの品種はどれか? など、下準備の段階から判断しやすくなるんです。


鳥羽:
お菓子と違って、料理って決まった分量でどうこうできるわけではないんです。だからこそゴールを明確にして、そこにたどり着くまでに必要な要素を言語化して共通認識として持っておく必要があるんですよね。
こうやってめちゃくちゃ言語化してスタッフに共有しているので、僕が店にいなくても回るシステムになってるんですよ。

いいたか:
素晴らしいですね。美味しさを徹底的に追求しつつ、チームとしての仕組み化も実現している。

鳥羽:
仕組み化は、より多くのお客様に喜んでもらうために必要なことなので徹底しています。

いいたか:
sioはお弁当販売もスタートさせてましたけど、お弁当ひとつとっても独自のやり方でしたよね。

鳥羽:
コロナ禍の今、みんな苦しんでいる状況だからこそ、どうすればお客様に笑顔になってもらえるかを考え、実行していかなければいけない。お弁当販売は、そう思って生まれた企画のひとつでしたね。

まずは1,000円の弁当を出して、そのあと13,000円の贅沢弁当を作ったんです。贅沢弁当は、コロナが落ち着いても、子供の世話でなかなかレストランに行けない夫婦を想定して作りました。

 

贅沢弁当の中身を見てもらえるとわかるんですけど、箱に仕切りがないんですよ。普通、仕切りがないと詰めてある食材が混ざっちゃって台無しになるじゃないですか。でもそんな常識はクリエイティブで覆しました。仕切り不要で、冷めても美味しい料理を追求した結果が、あの中身です。
仕方がなく弁当を選ぶのではなく、弁当じゃないと美味しくないもの、レストランでは食べられないものを作るのが料理のプロだと、僕は思っています。

結局は、お客様のことを考えているか、考えていないかでしょうね。常にお客様目線で、時代に合わせてやり方を変化させていけるかどうかが、分かれ道です。

いいたか:
多分、鳥羽さんは本当に「人」を軸に考えてますよね。料理を作って、それを提供して受け取った後の人の気持ちや行動まで想像している。お弁当を家族で食べている時の食卓の風景をイメージして、その人たちは幸せかどうかまで考えて料理に挑んでいる感じがします。

鳥羽:
おっしゃる通りです。要は、愛の想像力がどれだけあるか。
料理人って、食べてくれる人がいないと成り立たないんですよ。お客様がいないとダメで。だから、その人たちが求めてるものを知らないと。

自粛期間中に発表したレシピも、実際にレシピを見て作って、食べてもらっている風景をイメージして発信していました。まず家のキッチンにある普通の調理道具だけで作ってみて、「美味しくできた」と思ったものを妻にも作ってもらうんです。それでちゃんと再現できたものを140字に凝縮して、発信していました。

こんな大変な時に、そんな凝った料理なんて作れないじゃないですか。だから、誰でも簡単に作れるよう、再現性とハードルの低さはかなり意識していましたね。

自分たちのことを知ってもらえないと何も始まらない

鳥羽:
いきなり話は変わるんですが、ビジネスの世界には天才っていっぱいいらっしゃいますよね? 僕なりの「天才の定義」についてちょっと話聞いてください。

いいたか:
はい(笑)。

鳥羽:
天才って、インプットの量がめっちゃ多い人だなと思っていて。マックを食べて、単に「美味しいな」って思って終わりか、100個いいところを見つけられるか、その差だと思います。例えばマックのハンバーガーを食べてる時、3口目ぐらいに出てくるピクルスの酸味の気持ち良さを感じ取って、これを料理に活かしてみようと考えるとか。

何をやるにしても、通り過ぎずに徹底的に向き合えるかどうかですね。

いいたか:
おっしゃる通りですね。何をやるにしてもひとつひとつに意味を与え、徹底的に向き合うことは、僕らのクライアントワークでも同じことだなと思います。ハッシュタグひとつ考えるにも、めちゃくちゃ意味を考えてますし。


いいたか:
例えば先日、クライアントさんのハッシュタグ施策で5時間半もの間、Twitterトレンド1位をキープするという記録を出せました。

クライアントは誰もが知る外食チェーン店でして、先日人気メニューを決める投票企画を行ったんですね。そこで人気No.1になったメニューの売上を伸ばすべく、ハッシュタグ施策を行いました。人気No.1のメニューに投票してくれたTwitter上のコミュニティをデータ分析で特定し、そのコミュニティに属する人たちの興味関心を分析して、彼らが興味を持つ話題と人気メニューを掛け合わせたハッシュタグを作ったんです。
そしたら前述の反響でしたね。ハッシュタグには一切メニュー名を入れなかったんですが、メニューの画像とセットでツイートしてくださっている方も多くて。

鳥羽:
すごい発想ですね。やっぱり何か成し遂げたいと思ったら、広めるとか伝えるとかを真剣にやらないといけないんですよね。価値って、触れてもらわないと知ってもらえないですから。
伝えることが不得意な人は、いいたかさんのようなプロと組んでチームを形成していくのがいいんでしょうね。

いいたか:
なぜ、レストラン業界の方は、発信に重点を置かない傾向にあるんですかね?

鳥羽
やっぱり職人肌だから「美味しいものを作れば勝手にお客様が来る」という感覚が強いのではないかと思います。でもそれって、お客様を見ていないと思うんですよ。お客様と向き合えば、伝えたいことが絶対に出てくるはずなんですよね。
自分で自分のスタンスを発信して、共感してくれた人に来てもらうっていうのをやった方が、絶対いいと思います。

いいたか:
確かに。自分で発信せず受け身のまま運営していると、今後の時代はかなり厳しい戦いを強いられると思います。

例えば「代々木上原 レストラン」で検索するユーザーにとっては、予算や立地などの条件さえ合えばどこでもいいんですよね。そうやって来店したお客様は一時的な出会いになる場合が多く、リピートしてもらいにくい。
そこでまた新たに検索ユーザーを集客して……という面取り合戦を続けていると消耗してしまいます。本当は条件とかではなく、「このレストランに行きたい」って思ってもらうのがベストじゃないでしょうか。


鳥羽:
結局条件だけを見て来店されても、エンゲージメント低くなる傾向にあるんですよね。
田村さんとか僕みたいに発信するシェフが増えて「こういうスタイルもありなんだな」と思ってもらえるような土壌を作っていければいいな、とは思っています。

儲けが目的の事業は、もう誰にも響かない

いいたか:
本店のsioだけではなくo/sioやパーラーの開店、出版、noteの発信、オンラインコミュニティやお弁当の販売まで、鳥羽さんは新しいことにどんどんチャレンジしてますよね。鳥羽さんの原動力ってどこにあるんですか?

鳥羽:
やっぱり、世の中の幸せの分母を増やしたいってところにありますね。自分の仕事を社会課題の解決につなげたいと本気で思っています。

自分の仕事が社会課題の解決になるのか、周りの人をハッピーにするのか、それは視座の問題ですけど、前者ってゴールに到達しないから永遠に走り続ける必要がありますよね。

いいたか:
原動力はそこですか。

鳥羽:
そうですね。好きなんですよね。「もっと良くしたいな、もっと笑顔を増やしたいな」ってずっと考えてる。逆に、世の中の幸せの分母の変動に関係ないことには一切興味が湧かないですね。根本には、やっぱり愛がある。イケウチオーガニックさんもそうだけど、愛が溢れる人とばっかり仕事してますね。

いいたか:
そういえば以前、どこかの取材で「美味しいことだけを売りにしていない」って話されてましたね。それも結局は愛ってところに繋がってくるのでしょうか。

鳥羽:
そうです。美味しさは大前提として、総合で見るべきなんですよね。「美味しい」は、レストランを構成する要素のひとつ。レストランは休めたり、癒されたりと、心地の良い空間なんです。いかにそう感じてもらえるかが重要で。
相手を理解し、相手に心地良くなってもらうために色々考えて行動するという意味では、デートと同じですよね。

山下さん(Minimal -Bean to Bar Chocolate-(ミニマル)代表の山下貴嗣さん)とか田村さんもそうだけど、美味しいのその先にあるものを考えてますよね。美味しいだけじゃ選ばれないということを認識しているんだなと。

※Minimal・山下さんに取材した記事はこちらからの取材記事

【前編】周囲10kmの商圏からSNSへ。ブランディングの第2フェーズに進むMinimalの挑戦

【後編】「コロナを理由にしてはいけない」激動のなかでMinimalが選んだEC化の道

いいたか:
皆さん、本当にお客様のためを思って行動していて、かつお金儲けが先にきてないですよね。

鳥羽:
伝えたいことや成し遂げたいことがあって、その後に自然とお金がついてくるなとは感じています。

逆にお金を稼ぐことが主目的のビジネスって、もう誰にも響かなくなっているんじゃないかな。お金を稼ぐだけなら、最悪どんな手段でもいいじゃないですか。チーズケーキである必要はないし、チョコレートである必要はない。
でも田村さんは、お母さんの思い出の品であるチーズケーキで勝負しているし、山下さんはフェアトレードでないカカオの流通を問題視し、適正な経路で調達したカカオを使って、美味しいチョコレートを提供したいという想いを持っている。

僕は、美味しい料理で少しでも多くの人を幸せにしたい。やっぱりその想いの部分がそのまま価値となりますよね。これからの時代、自分たちの価値をきっちり持って、表明するのが大事なんじゃないかと思います。

――鳥羽周作さん、本日はお忙しいところありがとうございました。

 

今回の「ザ・プロフェッショナル」もお楽しみいただけましたか? 本シリーズでは、今後も各業界で活躍するさまざまなプロフェッショナルをお招きして対談を行ないます。過去の記事はこちらからご覧ください。

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