SNSコラム

SNS活用はブランドの全体戦略を俯瞰して行うべき―慶應義塾大学ビジネス・スクール、山本准教授と語るブランド×SNS論

2020年10月06日
ザ・プロフェッショナル

最終更新日:2021年5月20日

各業界で活躍するさまざまなプロフェッショナルたちとホットリンクCMO・いいたかが、2020年以降のSNSマーケティングのあり方について考える対談シリーズ「ザ・プロフェッショナル」

今回のゲストは、慶應義塾大学ビジネス・スクールでインターネットマーケティングや消費者行動を研究されている山本晶(ひかる)先生です。

まだTwitterもFacebookも登場していなかった2000年頃からネットクチコミの影響力に注目し、研究し始めていたそうです。その研究の集大成として2014年に『キーパーソン・マーケティング―なぜ、あの人のクチコミは影響力があるのか』を出版しました。

今回はホットリンク・マーケティング部部長/ホットリンク総研研究員の室谷、R&D部部長・とともに、SNS時代の消費者行動についてお話を聞きました。

山本晶。外資系広告代理店で勤務後、2001年に東京大学大学院に進学。経済学研究科修士課程、博士課程を修了。経済学の分野で博士号を取得。専門分野はマーケティング・マネジメント、消費者行動である。2014年より、慶應義塾大学ビジネス・スクール(慶応義塾大学大学院経営管理研究科)で准教授として勤務。同ビジネス・スクールでは主に「市場戦略論」や「日本におけるマーケティング」を教えている。

※ホットリンク総研……

ソーシャルメディアマーケティングにスタンダードを創る」を目指し、ホットリンクのデータサイエンティストとマーケター、社外の専門家が連携し、SNSプラットフォームのアルゴリズム解析、バズのきっかけとなるクリエイティブ分析、効率的に情報が広まる拡散ネットワークの構築方法など、ソーシャルメディアマーケティングの研究を進めています。

企業から消費者へのパワーシフト

室谷:
山本先生の『キーパーソン・マーケティング』を拝読しました。現在は慶應義塾大学ビジネススクールにお勤めですが、これまでの研究の変遷を教えていただけますか?

山本:
2002~2003年頃から、インターネット上で個人が発信できるようになったことに関心をもって、2012年頃までSNS関連の研究を行っていました。現在は、消費者が生産や販売する側に回り、価値を生み出している現象について研究しています。

研究領域は変わっていますが、一貫して関心を抱いているのは「企業から消費者へのパワーシフト」です。企業が一方的に発信していた時代から、消費者が発信力を持ち、パワーバランスが大きく変わりました。消費者が発信力を持つと、購買にどのように影響を及ぼすかはずっと追いかけていますね。

とはいえ、完全にSNSやソーシャルメディアから離れているわけではないんです。去年は、日本マーケティング学会でSNSデータを使った、ブランドの価値測定について発表しています。

SNSマーケティングに関してひとつ注意していただきたいのは、あんまりSNSのみの議論に制限されない方がいいかなという点です。そこに限定してしまうと、非常にミクロな、重箱の隅をつつくような議論になってしまう。

私自身、現在MBAで教えていたり、社外取締役を勤めたりする中で実感しているのは、視座を高く持たなければいけないということです。
SNSキャンペーンの効果測定に終始するのではなく、ブランド全体を俯瞰した上で施策を考えなければいけません。

いいたか:
完全に同意見ですね。僕たちもSNSマーケティングではなく、まずはクライアントの全体戦略を把握し、その中でSNSをどう位置づけるべきなのかを伝えていますね。

室谷:
現在、D2Cのような顧客と直接繋がる販売形態が台頭しています。その中で、よりブランド戦略が重要になるのでしょうか。

山本:
間違いなく重要度は高まっています。
厳密にいうと、ブランドパーソナリティやブランドリレーションシップがより重要になっていると感じています。

ブランドの擬人化については90年代から研究されていましたが、SNS時代の今、ブランドを人に見立てることが本格的に意味を持つようになりました。今やあらゆる企業が公式アカウントを持ち、人格を持ち、直接ユーザーと会話していますよね。人に見立てるということは、人のようにパーソナリティを持ち、人のように誰かとリレーションシップを築くことができる。
SNSとブランディング戦略との組み合わせは、無限の可能性を持っていると思います。

解決すべきは、SNSとブランド戦略の断絶

山本:
ブランドパーソナリティもブランドリレーションシップも、既存研究の蓄積があり、測定尺度があります。

SNSデータをそれらの尺度に当ててみると、これまでとは比べものにならないほど精緻なデータが取れる可能性があります。一般的に、ブランドへの態度に関するデータは質問調査票を使って取っているでしょう。アンケートが主流で、測定頻度も四半期毎とか、そんなに頻繁には測定することができません。
そこにSNSデータを持ってきてテキストマイニングをすれば、より頻度高く計測できる。

室谷:
当社では、ブランディングに関する測定方法で「態度変容分析」というものがあります。当社が得意とするSNSデータのテキストマイニングによる手法です。実際にどう行っているのか、担当している榊さんから説明していただいていいでしょうか。

この日、榊は途中までzoomで参加

榊:
実際の仕組みは意外と単純です。認知・興味関心に関するキーワードを辞書登録しておきます。次にTwitterで検索をかけて、態度変容を分析したい商品名やブランド名に言及したクチコミを継続的に収集します。収集したクチコミデータの中で、辞書登録したキーワードの発言量が増えているか、どのクラスターから発生しているのかをモニタリングすることで、ブランディングに関する態度変容を分析しています。

山本:
素晴らしいですね。そのように抽出されたSNSデータは、さまざまなシーンで活用できます。ブランドへの態度変容の効果検証もそうですし、ブランド・パーソナリティやブランド・リレーションシップの検証や意思決定ツールとしても使えるなと思っています

ただ、SNSマーケティングとブランドのマネジメントは、現状だと断絶されている企業が多いと思います。ブランド寄りの方はSNSはツールの一部として深く入り込まないでしょうし、逆にSNS寄りの方はデジタルマーケティングのタクティカルな議論に集中して、ブランド戦略にまで昇華させた議論はあまり見受けられません。その点はひとつ、課題だと感じています。

本来、SNSは中立的で非商業的なものだったが……

室谷:
『キーパーソンマーケティング』を出版されてから6年ほどが経ちました。企業のSNS活用に関して、山本先生が以前研究されていたもので、今でも通用する理論・前提が変わってきた理論はあるのでしょうか?

山本:
知覚認知率やメジャー論は今でも通用すると思っています。

「知覚認知率」とは、対象のサービスがどのぐらい知名度があるのかという、消費者の予想を指します。認知率が実際にサービスを知っている人の割合を指しているのに対し、知覚認知率は「あのサービスは有名なのだろう」「あの商品はみんな知っているだろう」と消費者が感じている空気感、製品・サービスがどれくらいメジャーなのかという「メジャー感」を計測します。周囲において知覚認知率が高まるほど,その話題について聞きたいという意向が高まることがわかっています。

面白いのは、知覚認知率は上がれば上がるほど良いというわけでもないということです。情報感度の高い人から徐々にクチコミが広まって、流行っている感があれば人は言及したくなります。
そこから、ある時点を過ぎると急に「ダサく」なるのです。このサービスについての話はもう旬を過ぎたと感じる。つまりある種のスノッブ効果が働くということですが、この感覚は今でもありますよね。

逆に、前提が変わったと感じるのは、SNSがすっかりビジネスの場になってしまったところでしょうか
発信者の動機としては、「自分の体験や知識を伝えることで誰かの役に立ちたい」という利他的動機や、承認欲求などがあります。今はプラスお金がもらえることが、モチベーションのひとつになってしまっています。

山本:
60年代からクチコミは研究されていて、そこでの先行研究のクチコミの定義の条件は「受け手が非商業的であると知覚すること」だったのですが、その前提が完全に崩れているなと。当初の中立な第三者による、金銭的な動機から来るわけではない「良いと思ったから他の人に伝えたい」というクチコミの本質が薄れてしまいました。

世界的なインフルエンサーが1投稿あたりいくらもらっているのかを見ていると、「そういうのってインフルエンサーマーケティングとか、クチコミっていえるのだろうか」と考えてしまいます。

いいたか:
当社もインフルエンサーマーケティングを否定するわけではないのですが、おっしゃる通り商業化され過ぎている点は問題視しています。
この空気感の中で、じゃあモデルさんが良いと言っているコスメって本当に良いのかっていうと、信じきれなくなってくると思うんです。

先ほど山本先生がお話しされた通り、本来のSNSは、中立的な第三者による純粋なおすすめ情報が発信されるものなんです。そんなオーガニックな発信こそ人々に信頼されて波及していく。
その流れを体現している良い例として、僕はよくシャトレーゼさんのお話をしています。

シャトレーゼさんはクリスマスの時期に、アレルギー持ちの子供でも食べられるケーキを生産するために、工場の通常ラインを3日間止めるんです。その内容はホームページに記載していただけなんですが、それに感動した方がツイートしてくれました。その方はフォロワー80名ぐらいしかいなかったのに、日本中にクチコミが広がりました。
「実際に感動してくれた方からのクチコミの方が、インフルエンサーのクチコミよりも質が良いのではないか、むしろそちらの方が重要なのではないか」と僕たちは考えています。

クチコミを増やしたいなら、SNSだけを見ていてはいけない

山本:
お話を聞いていると、SNSに対する考え方が私とかなり似ている印象を受けます。ホットリンクさんのSNSマーケティング戦略をもっと伺いたいです。

いいたか:
僕たちは短期的なバズを狙うのではなく、オーガニックなクチコミ数を地道に増やしていく戦略を主軸としています。そこを目指すとSNSだけで完結できないケースが多く、より上流のブランド戦略にも入る必要があるわけです。

たとえば、月に1,000件クチコミが生まれているヘアケア商品があるとします。それを5,000件まで伸ばすにはどうすればいいのかを考えると、SNS以前に手を入れるべきところがありますよね。
パッケージはどうあるべきなのかとか、打ち出すメッセージをどう変えたらいいのかとか。髪が傷みにくいだったり、癖っ毛が落ち着いたりと、受け取り手によって良いと感じるポイントが異なるので、それぞれのターゲットに合わせてキーメッセージを調整していくんです。

室谷:
ヘアケア商品を使うユーザーの中にも、さまざまなクラスターが存在して、各クラスターによって響くメッセージは違いますよね。なので、クラスターによって伝えるメッセージを意図的に変えているということですね。

いいたか:
前提として、クチコミというのは企業からユーザーに働きかけて発生するものではなく、ユーザーからユーザーへと伝播していくものです。

ユーザー同士の会話に、いかに企業として話題を提供できるのかを考えています。

山本:
ホットリンクさんはソーシャルメディア・モニタリングのイメージがあったのですが、お話を伺うとやられていることは、想像以上に「マーケティング」でした。ところでオーガニックなクチコミって難しいですよね。特徴がない製品・サービスについてオーガニックなクチコミが発生することは難しい。

いいたか:
そうですね。もちろん、僕たちでは力になれない場合はあります。たとえば、コモディティ化した商品は難しいです。クチコミが生まれるには、ユーザーに選んでもらえるような、商品としての優位性がないといけません。

山本:
なるほど。それから、嘘は絶対ダメですよね。特徴やストーリーなしでクチコミを望むのは無謀だと思います。

企業はプラットフォームを理解し、ポジティブな会話を生んでいこう

 

室谷:
話は少し変わりますが、最近は何気なく呟いたたわ言が広がって炎上してしまったり、負の言葉を発信していた人がたまたま別クラスターの人の目に触れて攻撃されたりという事象が頻発しています。この事象について、榊さんから解説いただけますか?

榊:
普段交わらないコミュニティ同士が交わると、争いが起こりやすいんですよね。リツイートが1,000超えたあたりから、コミュニティを超えていく可能性が高くなります。

本来ターゲットでない人に届いてしまうと、情報を発信した人が想定しているコンテキスト(文脈)が共有されていないので、内容が誤って伝わったり、曲解されたりしてしまいます。そのようなミスコミュニケーションの結果として、炎上に繋がるんだと考えています。

ここから榊も現場に合流

室谷:
企業としてSNSで何か提案するにしても、間違ったコンテキストで伝わらないよう配慮しなければいけませんよね。企業がSNSマーケティングに取り組む際に気をつけておくべきことはなんでしょうか。

山本:
むしろ、それほどのリスクを背負ってでも、企業はSNSと付き合わなければいけないんでしょうか。

いいたか:
それは難しいところですね。

山本:
最近は、怒りの矛先がどこに向くのかわからない。「そこに対して怒る?」と思ってしまうような、理解の範疇を超える炎上が増えていると感じています。

いいたか:
やはり、負の感情の方が拡散されやすいですからね。ただ、やはりそういう負の情報拡散って、企業がTwitterやっているやっていないに関わらず、出るものは出るんですよね。
それなら、プラットフォームの特性を理解して、負の感情を減らしていくためのコミュニケーションをした方がいいのかなと思います。

山本:
そういう、石を投げる人って実際は少ないんですよね。

榊:
以前、あるケースで分析した際は、全体のクチコミに対して誹謗中傷の割合は1%以下でした。

いいたか:
割合としては少ないんですけど、発言量が多いから目立ってしまうんですよね。応援してくれるファンの方が多くても、悪口が目について「自分は嫌われている」と感じるタレントさんは少なくないはずです。

山本:
子供向けのメディアリテラシーの授業に、今お話ししているような内容を組み込んだ方がいいですよね。誹謗中傷を投げつけると訴えられることがありますよとか、ネガティブなことを言ってくるアンチは実際はごく少数だとか。このような教育は、人の命を救うと思います。

ブランド戦略に深く入り込むSNSマーケティング

山本:
ホットリンクさんは、SNSマーケティングを主軸にしているとはいえ、ブランド戦略に深く入り込まれていますよね。やはり、商談する相手はブランド担当者が多いのでしょうか。

いいたか:
はい。ブランド担当者もそうですし、必ず上層部に同席していただくようにしています。

商談時は、「最低でも半年間やらせて頂きたい、ただ、その結果どうなるかは約束できない」とはっきり伝えています。
まずはSNSでのクチコミ数とブランド検索数を増やして、その次にPOSデータを増やしにいくという流れが基本的な戦略なので、時間がかかる上に、どれだけの成果が生まれるのかは正直推測が難しいんです。
ただ、コンビニやスーパーでの売り上げに対し、SNSでのクチコミがどれだけ貢献しているのかはしっかり計測しています。

最近の成功事例だと、ソーセージブランドとして有名なジョンソンヴィルさんですね。我々が入ってから、SNSのクチコミ数が1年で9倍になり、POSデータにも変化が起きました。

参考:「UGC数が1年で9倍、売上も伸長 個性派ブランドのジョンソンヴィルを『自分ごと化』させたSNS活用 」MarkeZine(マーケジン)


これまでは商品の特性上、圧倒的に土日の売り上げが多かった。そこで平日のクチコミを増やしていったら、連動して平日の売り上げも伸びていったんです。

室谷:
SNSデータとPOSデータを統合的に分析していくとなると、やはりSNS部門やデジタルマーケティング部門だけでは進められません。上層部を巻き込んで、部門横断的に施策を実行する必要があるんですね。

いいたか:
マーケティング施策はさまざまある中で、僕らが得意とするのはポジティブなクチコミを創出していくことです。でも、SNSだけを見ている限り成功することはないでしょう。マーケティング全体の戦略を俯瞰した上で、ブランド戦略全体を最適化していくのが大事ですね。

室谷:
自分も実感するのですが、デジタルマーケティング畑の人は、部分最適化、もっというとCPA至上主義に陥りやすい印象があります。

最後に山本先生からそのようなマーケターに向けて、全体を俯瞰することの大切さやブランドとしての戦略を理解するうえで、オススメの行動をお聞きしたいです。

山本:
実務家がブランド論の最低限の知識を持つという意味では、ケビン・レーン・ケラーやデービッド・アーカーなど、ブランド論の大家による著作を読むとよいかなと思います。

実は、ブランドに関する議論って、一時期盛り下がっていたんですよ。
ブランド論が脚光浴びたのは90年代半ばだったのですが、その後低迷していたように思います。学会に参加してもブランドのセッションは少ないですし。

今は、SNSの普及によって消費者が発信力を持ち、消費者と直接コミュニケーションを取れるD2Cが台頭してきて、再びブランドの重要性に注目が集まってきている。

今の時代を生きるデジタルマーケターであれば、ブランド論は学んでおいて損はないと思います。

――山本晶先生、本日はお忙しいところありがとうございました。

 

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