SNSコラム

「桃って、100種類あるんです」食べチョクが、生産者から支持される理由。山下麻亜子(ビビッドガーデンCOO)×石渡広一郎

2024年01月19日
SNSコラム | ザ・プロフェッショナル

最終更新日:2024年1月19日

各業界で活躍するさまざまなプロフェッショナルと、SNSやマーケティング、ビジネスのあり方について考える対談シリーズ「ザ・プロフェッショナル」。モデレーターは、ホットリンク・CNS事業本部 本部長の石渡広一郎が務めます。

今回のゲストは、産地直送ECサイト「食べチョク」を運営する株式会社ビビッドガーデン取締役執行役員COO、山下 麻亜子さんです。

登録ユーザー数95万人、登録生産者数は9,100軒を突破(2023年11月時点)。消費者、生産者の双方から愛されるプラットフォームに成長した「食べチョク」のマーケティングは、想像以上に泥臭く細やかなものでした。

自身を「なんでも屋」と定義する山下COOに、直近2年の取り組み、消費者・生産者双方への施策から2023年6月の「Food AI Lab」立ち上げの経緯まで詳しく伺ってきました。

(撮影:松島章大 執筆:小川真里奈 編集:澤山モッツァレラ)

「2度目の連携」が続く理由

石渡:はじめに、ビビッドガーデンさんの事業内容を教えてください。

山下:産地直送ECの「食べチョク」がメイン事業です。生産者と消費者をつなげるプラットフォームで、お互いにコミュニケーションをとったり、食品の売買を行なったりできます。私たちは「オンライン直売所」とも呼んでいます。

石渡:山下さんは現在、どのようなお仕事をされているのでしょうか?

山下:ビビッドガーデンのCOOをしています。食べチョク事業をメインで担当していて、全体の戦略設計やプランニングをしています。ほかには管掌役員として企画やカスタマーサポート、人事にも関与しています。実際は「何でも屋」ですね。

石渡:多岐にわたっていますね。先日プレスリリースを拝見したのですが、食べチョクはさまざまな地方自治体と連携されているようですね。これにはどのような意図があるのでしょうか?

山下:生産者のサポートという位置づけで、自治体との連携があります。食べチョクに登録する、商品を出品する、発送する……というプロセスは一度体験すればすぐに慣れるのですが、そもそも挑戦するまでのハードルが高いんです。

 サポートしようにも弊社の人数では現地に行くことも難しいので、自治体の方々の力をお借りし、食べチョクが保有するノウハウを共有いただいています。あとは販路拡大ですね。地場の生産品を広めるための一助として、キャンペーンや販促でご一緒しています。

石渡:プレスリリースでは、「2度目の連携」という文言を多く拝見しました(参照)。どのようにして、“2度目”が実現しているのですか?

山下:自治体の方から「来年もご一緒しましょう」とお声かけいただくことが多いですね。連携する期間は通年ではなく、農産物の旬にあわせて2~4週間ほどです。地域の農産物が美味しくなる、来年の同じ時期に再連携したい旨をお声かけいただいています。

生産者の新規登録申請は、月間200〜300件

石渡:マーケティングの観点では「生産者」と「消費者」の2軸で手を打たれていますね。今は、どちらに注力されているのでしょうか?

山下:今は、消費者側のマーケティングに注力しています。生産者側のコミュニティ内では食べチョクのUGC(クチコミ)がしっかり出ており、我々が働きかけなくても月200〜300件ほどの新規登録の申請があるんですね。

現在、生産者側に対してはマーケティング施策というよりは、弊社が掲げる「生産者のこだわりが正当に評価される世界へ」というビジョンを達成するための利便性や質の向上施策に取り組んでいます。

石渡:なるほど、一度食べチョクを使用した方が高評価のUGCを出すことで、認知の拡大ができているんですね。

山下:そうですね。それでも以前は課題がありました。食べチョクはECサイトなのでご高齢の方など、インターネットに慣れていない生産者の方にはハードルが高かったんですね。

 そこで2020年に「ご近所出品」という機能をリリースしました(参照)。この機能ではネットに慣れている生産者の方が、周りの生産者の分までまとめて出品することができるんです。

石渡:なるほど、UGCを通じてだけでなく、仕組みづくりとしても周囲にも自然と波及する形になっているんですね。注力されておられる、消費者側のマーケティング施策はどういうものでしょうか?

山下:現在は、ペルソナ別に分けて細かく見ているところです。

 食べチョクの特徴として、置いてある品目がすごく多いことが挙げられます。カテゴリだけでも野菜、果物、肉、魚、加工品、卵・乳製品などからお酒や調味料まで幅広いですし、それぞれの品目の中でも多種多様な種類があります。

 例えば日本にはりんごで1,000種類、桃なら100種類もの品種があるんですよ。

――そんなに! 全く知りませんでした。

山下:そうなんです。ユーザーさんのペルソナ像は、何パターンかに分かれてきます。

 共通する食べチョクの価値の訴求と、それぞれ使われ方が分かれてくるところを個別に訴求することの両方が求められます。その設計を、細かくしていくフェーズですね。まだまだ試行錯誤中ですが。

 人によって刺さるものが違うのですが、共通項としてはスーパーなど他のチャネルにはない美味しいもの、安全なものを買えるというところですね。

「固い桃好き」には、固い桃と出会っていただきたい

――具体的に、市場で流通している商品とはどのような違いがあるのでしょうか?

山下:スーパーなどでは、流通に対応できる品種しか置くことができないんですね。柔らかすぎて潰れてしまったり、一定量の収穫が必要だったり。そういった条件をクリア出来る品種のみしかスーパーには置かれないので、買える品種も限られてきます。

 でも実際は、小規模・中規模で営んでいる生産者の方々も、すごく美味しい作物を作っています。このような市場に出てこない農産物に食べチョクが光を当てることで、より消費者との出会いを推進することができるんです。

 ECである食べチョクはスーパーと比べて品数が多い分、ユーザーのペルソナ像も多様化しているんですね。例えば私は固い桃が好きなのですが、どうやら少数派みたいで(笑)。

「柔らかい桃派」の方もいらっしゃいますが、固い桃が好きな方には固い桃と出会っていただきたいと思います。なので、例えばマーケティング広告でも「蜜のあるりんご」というように、個別で細かく訴求ポイントを検討しています。

石渡:コンテンツに関しても、そこまで細かく設計してらっしゃるんですね。

山下:はい。まだ試行錯誤中なのですが、検索や広告など、流入経路によってお客様のニーズが違うので、それぞれに設計しています。

 例えば検索で流入される方は品種に詳しい方が多く「りんご ぐんま名月」のようなキーワードで検索されるんですね。このような方々には「スーパーで取り扱われていない品種を探したい」というニーズがあるので、検索をきっかけにサイトへ誘導するようにしています。

 一方、広告だと幅広い層に訴求しますし、品種に詳しくない方もいます。なので、一度見たらすぐに印象に残るような広告を出す必要があります。その点「蜜が入っているりんご」は視覚的にも分かりやすいクリエイティブだと思います。

石渡:そこまでチェックされているなんて、山下さんの仕事は本当に多岐に渡りますね。食材もカテゴリーだけで野菜、果物、肉、魚……があるわけで、その品種まで把握すると、とんでもない数だなと。

山下:これだけあるので、消費者が自分の好みに気づいていないケースもよくあります。なので、生産者からもお話を伺いつつチャートを作りました。これは「桃チャート」で、横軸が旬の時期、縦軸が固さを示しています。

引用:食べチョク「【桃の世界を探検しよう】桃の品種24種類を特徴ごとに一挙公開!

 

山下:このように、ユーザーが好みの農産物と的確に「出会える」ような設計を意識しています。

石渡:すごいですね。よく美容系のSNSでも化粧品のカオスマップを作って情報発信されることがありますが、それに近しいものを感じました。この「桃チャート」も「何かしらの桃を買いたい」という気持ちを持つ方に合いそうですね。

山下:実際「一次情報に詳しくなりたい」というユーザーは少数ですよね。おそらく100種類の桃が載った“桃図鑑”を掲載しても、あまり興味を持たれないと思います。

 それよりは「自分はどんな桃が好きなのか」というユーザーのWHATに合わせて情報を調整していく。社内のメンバーも、こういったライトな情報から徐々に興味が湧き、詳しくなる……という道を辿っている気がします。

石渡:ユーザーに必要な情報を提供しながら、ストレスを感じさせないコンテンツを作っているんですね。ページの離脱率のような定量化されたものではなく、感覚的にユーザーニーズを捉えていらっしゃるように見えます。

山下:でも奥が深いんですよ。農産物に詳しくなることもいいのですが、弊社はプラットフォームビジネスなので、業務効率化もしていく必要があります。

 例えば桃で実行したマーケティング施策を、次はぶどうで生かす……とか。売り方の要点をパターン化してフォーマットに落とせたら効率化できるので、転用できる部分を探していますね。

 とはいえ、農産物も果物、魚、肉などのカテゴリーはもちろん、旬が分かりやすいもの、分かりにくいものといろいろなので、なかなか難しいのですが。

石渡:
なかなか先駆者がいない領域ですよね。

山下:そうですね。他社でも産直ECのサービスはあるのですが、今後はもっと各社が独自性の確立にコミットしていくかも知れません。

一番の変化は、生産者側のビジネス視点。

石渡:コロナ禍においては多様なステークホルダーを持つ御社も大きな影響を受けたと思いますが、事業戦略面においてコロナ禍前後ではどのような変化がありましたか?

山下:コロナ前はまだ「食品をECで買う」という行動が市場に浸透しておらず、規模も小さなものでした。なので、そのなかの小さなニーズを的確に狙っていく事業戦略をとっていました。 

 当時はオーガニック製品を購入したいなど、食にこだわりがある方がターゲットだったので「スーパーでは手に入らない、質の良い商品を購入できる」という面で訴求していました。

 その後コロナ禍に突入し、緊急事態宣言で外出の自粛が呼びかけられましたよね。買い物に行くハードルが高くなったので、ECの需要が増えたんです。市場も急拡大しました。

 さらに「食材が余っている」というニュースも報道されるようになりました。多くの飲食店が閉店し、生活に困る生産者が出てしまった。消費者にも「よいものが捨てられてもったいない」「生産者を支援したい」という気持ちが醸成されるようになり、生産者から直接購入する意義が広く認知されるようになりました。

 こうやって産直ECが普及したことで、食べチョクの認知度も上がりました。と、同時にニーズも多様化したので、コロナ以降はターゲットをより広げていく事業戦略をとっています。

石渡:ちなみに、消費者はどういった方が増えているのでしょうか?

山下:自炊を頻度高くされる方が多いですね。年代としては50-60代の方が増えています。

石渡:50代以降の方がネットで購入されるんですか?

山下:そうですね。人生経験が豊富な世代なので、品種ごとの美味しさをご存知の方が多くて。あと、50-60代の方は自炊をする時間的な余裕があることも大きいです。

石渡:なるほど、生産者側の変化はいかがでしたか?

山下:一番の変化は、生産者側のビジネス視点だと思います。コロナによって飲食店や大きいホテルが立て続けに営業できなくなったり売上が下がったりしたので、生産者の方々に「売り先を複数もっておく」というリスクヘッジの観点が芽生えてきました。その手段の1つが食べチョクです。

石渡:BtoBがメインだった生産者にBtoCの選択肢が増えたんですね。しかも食べチョクを使えば精緻なデータもとれる。

山下:そうですね。生産者の声を拾いながら開発を進めています。あと農産物って直販ではなくどこかに卸した場合、消費者の声が生産者に届かないんですよ。なので自分の野菜がどう評価されているのか、美味しいのかが分からない。

 でも食べチョクなら売上状況だけでなく、UGC(クチコミ)やリピート率、購入回数まで見ることができます。マーケティングの一助として使ってくださる方もいます。消費者としても、「10回目の購入ありがとうございます」という手紙などが入っていると、嬉しいですよね。

石渡:食べチョクを通すことで、生産者のマーケティング意識まで促進されるんですね。

 ビビッドガーデンさんは生産者の声を細かく聞かれている印象ですが、企業運営の観点では投資家と「生産者の支援が、会社の成長と売上に繋がります」というコンセンサスをとる必要がありそうです。

山下:そういう意味ではなんだかんだ、事業構造がシンプルなのかもしれません。生産者の収益が伸びると、ビビッドガーデンの収益も伸びる。生産者が食べ物の魅力を伝えられれば、消費者もよい商品と出会える。私は後から入社した人間ですが、代表の秋元里奈は三者の利益が衝突しないような事業作りを意識していたと思います。

石渡:なるほど、一石二鳥どころか、三鳥なんですね。競合の観点ではいかがでしょうか。今はInstagramにコマースの機能があるので、そういうのも競合に入りますか?

山下:食べチョクの競合はかなり広いですね。まず食材を購入できるところはすべて競合、お財布の取り合いです。とはいっても、食べ物にこだわりを持つユーザーはSNSのような総合プラットフォームは使いにくいかなと思います、食材は安心感が大事なので。

石渡:たしかに、生産者がInstagramをやっていても、なかなか出会いづらいかも。

山下:実力のある方はご自身でInstagramの運用をされていることもありますが、いろいろな生産者と出会えることが、食べチョクの価値のひとつだと思っています。

石渡:ちなみに、生産者と消費者のあいだで関係が発展することはありますか? 直接会いに行く、みたいな。

山下:あります。直接会いに行かれる方もいらっしゃいますし、食べチョクをきっかけにして仲良くなる方もいらっしゃいますね。

生成AI活用の成否は、業務解像度が左右する

石渡:2023年6月に成田修造さんが社外取締役に就任し「Food AI Lab」を立ち上げられたそうですが(参照)、これはどのような目的で設置されたのでしょうか。

山下:今後、弊社はさまざまな事業を展開していきたいと考えています。Food AI Labはそのファーストステップですね。目的としては生成AIを一次産業や食べチョク事業そのものに活用していけるよう、技術投資をしていく意図があります。

石渡:現在はどのような形で動かれているんですか?

山下:プロジェクトベースで、AI活用の試作や検討を行っています。

 例えば食べチョクには膨大な数の商品が登録されていますが、AIで自分好みの食材を探せるようにしてみたり、カスタマーサポートの引継ぎがスムーズになるよう、問い合わせ内容を要約できるようにしたり。ユーザーに対する価値提供と、業務改善の双方でトライアルをしています。

石渡:好みの食べ物をレコメンデーションできるように動かれているんですね。成田さんが社外取締役に就任されてから、組織への影響はいかがでしたか?

山下:成田さんには取締役会や定例ミーティングにも参加いただいているのですが、とてもありがたいです。視座を高くお持ちですし、弊社にはない知見を提供してくださるので、ものすごく勉強になります。

 成田さんは裏表なく「今は何を見るべきか」をはっきり伝えてくださいますし、そのうえで社内状況まで察してくださるので、議論がしやすいですね。

石渡:ありがとうございます。お話を伺うなかで「業務の解像度の高さ」がAI活用の成否を分けるのかもしれないと思いました。AIを活用したい企業は数多くありますが、なかなかうまくいかない企業も多い印象です。

山下:たしかに代表の秋元、CTOの西尾慎祐は業務の解像度を高く持っていますね。西尾は社員が1桁台のときに入社しているので、カスタマーサポートの問い合わせ業務も実際に見てきました。

 時には「ちょっと作ってみた」という感じで、技術的な提案をくれることもあります。秋元も立ち上げのときから業務を一通りこなしてきているので、解像度は高いですね。

石渡:西尾さんは、提案型のCTOなんですね。領域を区切らないCTOだからこそ、改善策が浮かびやすいという。とても理想的なチームだと思いました。

 最後の質問なのですが、ビビッドガーデンさんが今後の事業拡大において考えていることを教えてください。

山下:ビビッドガーデンは、第一次産業への支援を行なう会社です。第一産業が抱える課題はまだまだ多いので、食べチョク事業を拡大しつつ、課題解決の一助となる事業を作っていきたいと考えています。直近では9月、ふるさと納税の事業を開始しました。食べチョクを運営するなかで築きあげたネットワークや情報資産を、第2第3の事業に生かしていきたいですね。

石渡:ありがとうございました!

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