各業界で活躍するさまざまなプロフェッショナルとホットリンクCMO・いいたかが、SNSやマーケティング、ビジネスのあり方について考える対談シリーズ「ザ・プロフェッショナル」。
今回のゲストは、Minimal - Bean to Bar Chocolate -を運営する株式会社βace取締役COOの緒方 恵さんです。
2021年7月、緒方さんが中川政七商店のCDOを退任・βaceの取締役に就任するとともに、中川政七商店のパートタイムオフィサー(PTO)に就任したというニュースは界隈で大きな話題となりました。
緒方さんによると、中川政七商店を退職した理由とβaceに加入した理由は「全く別のもの」。よって記事も文脈によって完全に分け、別の記事としました。今回の記事では、「中川政七商店を去ることになった経緯」を中心に伺っています。
(執筆:サトートモロー 撮影:保田太陽 編集:澤山モッツァレラ[ホットリンク] 撮影地:Minimal富ヶ谷本店)

緒方 恵(おがた・けい)(写真左):βace取締役COO。2016年8月、中川政七商店の執行役員CDOとして入社し、DXを推進。18年3月には取締役に就任し、販売・コミュニケーション・システム部門を統括。21年7月に取締役CDOを退任し、パートタイムオフィサー(PTO)に就任するとともにMinimal - Bean to Bar Chocolate -を運営するβaceの取締役に就任した。
※編集部注:被写体がマスクを外している写真では、周囲に人がいないことを確認して撮影時のみ外しています。インタビューは、すべてマスク着用で行なっています。
「ひとりだけリモート」の限界を悟った
いいたか:
緒方さんが中川政七商店を離れたことは、大きな衝撃でした。その経緯を知りたいんですが、緒方さんのなかでは中川政七商店での仕事を「やりきった」という感じだったんでしょうか? それとも、別の思いがあったんでしょうか?
緒方:
「どっちもある」というのが回答になるかなと。私が中川政七商店に入社した時、十三代会長の中川政七(中川淳)さんにコミットしたミッションがいくつかありました。コミュニケーションのデジタル化やサプライチェーンのデジタル化、就労環境のデジタル化などいわゆるDXとしてまとめられるものとそれを通じた組織風土のアップデートがそれにあたります。
これは、Minimalで求められることと近しいです。作業を極力減らし、可能な限り全員が価値を上げる活動に従事できるようにする。利益につながる仕事だけを残し、つながらない仕事を削る。それが、大きな仕事として求められていました。
それらが全部達成したり、見通しがついたんです。入社時に思い描いて書いた企画書が、ほぼ全て完成しました。これが「やりきった」と思えた部分です。
もうひとつのきっかけは、コロナですね。私はもともと東京オフィスをベースに、週に2日ほど奈良本社に行くという2拠点生活の勤め方でした。しかし東京オフィスは引き払い、奈良にも行けなくなりました。
コロナになって、事情が大きく変わってしまった。そして、コロナ禍のような緊急事態への対応は、様々な問題や課題が「やわらかい状態」で現れ続ける。経営層は各々頭をひねり回し、喧々諤々議論をし、一秒でも早く意思決定し、進めなきゃいけませんでした。
しかしコロナの影響で私が奈良に行けなくなったことで、社長を含む3人の取締役は奈良の現場で話し合い、私だけがリモートで参加することになります。
全員で脳をフル回転させ、アイデアを出し合い、一旦の結論を出し、アクセルを踏む。この繰り返しのなかで、私だけオンライン参加という立場上、音声の聞き取りだけでも難しく、議論の場に価値を出すことに限界を感じていきました。
そうすると、多様性あるメンバーで生み出せるはずのセレンディピティ含めたバリューが、私からはなかなか出なくなっている感覚にとらわれはじめました。
「奈良に移住するか」という話にもなりました。奈良移住は、ここ5年間考え続けていましたし、家族とも要所要所で話し合ってきたことです。残念ながら、諸事情を踏まえて「難しいね」という結論は今回も変わりませんでした。
この状態で中川政七商店から高い報酬を受け取り続けるのは、会社にとっていいお金の使い方でも、いい人材配置でもないのでは。「それならば、自分から引いた方がいいのでは」と思ったのもひとつです。
全員オンラインなら、話は別だったと思うんですけどね。
いいたか:
役員が4人いるなかで、自分だけリモートというのはきつい状況ですよね。リアルのコミュニケーションでこそ成り立つような状況で、自分だけオンラインにいたら、なにも話せなくなってしまう気がします。

「さみしくなっちゃったんです」
緒方:
もうひとつ、私にとっては重要な理由がありました。私の仕事の価値観って「誰軸」なんですよ。「こんなことやりたいな」って何軸の思いはそこまで強くなくて、誰といるか・誰とやるかにしか興味がありません。
そんな私が中川政七商店の取締役を高い意欲で続けていられたのは、社長を含めた3人の取締役と、4人でスクラムを組んで経営課題に対峙し続けたところにありました。
コロナで、私だけそれが難しくなった。ほか3人は同じオフィスにいて、ガーッと話を進めていく。私自身がパフォーマンスを上げて貢献できないのに加え、「誰軸」欲求も満たされない。平たく言えば、さみしくなっちゃったんです(笑)。
働く欲求の源泉が得られず、解決の見通しもない。双方によくない結果しか生まないと思い込み「辞めようと思っている」と伝えました。
いいたか:
確かに。現場でコミュニケーションが進むなかで、わからないことはもちろん聞けるけれど、温度感が生まれるというか。その状況に置かれたら、僕もすごく寂しいと思います。

緒方:
本気で考え始めたのは、2020年10月頃ですね。会長や社長含む中川政七商店の皆さんには「意味わからへん、考え直せ」と引き止めてもらったんです。そこから約3カ月話し合い、正直な思いを伝えました。「今、4人で一緒にいられないのが辛いです」と。
皆さんも、「緒方さんは人が大事だものね。奈良に来ないと解決しないから、しょうがないかもしれへんね」と。最終的に社長を含め取締役全員からの共感を得て、今に至ります。いかに笑顔のまま、一旦袂を分かつかだねって話になって。
そういう意味では、コロナの影響ではないとも言えるし、コロナの影響でもあると言える話なんです。取締役は、まだ何も形になっていないことを、いかに形にするかが重要です。それにおいては、私は「ひとりだけWeb参加では限界があった」と思った感じでしょうか。
いいたか:
今の話で、だいぶスッキリしました。ダメな別れ方ではないとは思っていたんですが、その背景がよくわかりました。

いやホント、マジで辞めたくなかったんですよ
いいたか:
パートタイムオフィサー(PTO)という役職が生まれた経緯も、聞いていいですか?
緒方:
私が辞めることが決まって、ちょうど40歳の誕生日のとき、淳さん(代表取締役会長)とふたりで食事をしたんです。「辞めることはもう理解したけど、なにか一緒に仕事する方法はないかな?」という話になって。
その中で半ば冗談めいた口調で「パートタイムでCDOをやればいいじゃん」みたいな話になって。パートタイムのCDOとかややこしい(笑)と話しつつ、響きが面白かったので、そのままわちゃわちゃ話して。
とはいえChiefがつくと評価ラインに残ってもらうから複雑になる、社外取締役だとバリューを出してもらいたい領域との距離が遠くなる。もう一つ落とした「実務寄りの社外役員」みたいな機能を担ってもらう。それを月1、2の稼働でできないかという話になりました。
私も、それならできるかもしれないなと。それで、PTOという謎役職が爆誕したんです。
澤山:
爆誕(笑)。
緒方:
役職名については意味はなく、ネタでしかありません(笑)。中川政七商店の社員のみんなが笑いながら「PTO、お疲れさまです!」と話しかけてくれて「おいやめろ!(笑)」という掛け合いが起き、笑いが生まれたらそれだけで意味としては十分。

緒方:
実質的な役割としては、私が抱えていたいくつかの新規プロジェクトについて、直接手を動かすのはこれまでのようにはできないけれど、ある程度グリップしてコントロールしていく……牧羊犬のようなイメージですね。あとは経営層に対する補佐。
それと……チームメンバー(部下)のみんなにとっても、私が辞めることは結構衝撃だったんですよね。それに対して「大丈夫、いるから!」と言える状況を残せたことは私にとっても大きな意味があります。彼らの成長を、これまでとは違う形にはなりますが見届けたい思いはありますし、困ったらいつでも相談してもらいたいので。毎日、誰かしらからチャットはきます。
いいたか:
めちゃくちゃいい関係じゃないですか。
澤山:
辞められた理由は切ないにしても、そのあとの関係の保ち方が素敵ですね。
緒方:
いやホント〜〜〜に、マジで辞めたくなかったんですよ。ずっと中川政七商店にいるつもりでしたから。こういう形になってよかったな、ってすごく思います。
私は中川政七商店で、ビジョン経営の大切さなどたくさんのことを学びました。Minimalにも還元できるものもあるし、一方でD2Cブランド/スタートアップとしての立ち居振る舞いや戦い方の習熟の中で、中川政七商店に対して還元できることもあると思います。
双方にとっていい循環、結果を生めればいいなと思ってます。
そうそう、縁というと本当にどうでもいい話なんですが、このマンション(Minimalオフィスが入居しているビル)って、私が小学校時代に通っていた塾があったマンションなんです。
いいたか&澤山:
えー!?
緒方:
転職後、母に連絡したんですよ。「次働くのはこんな会社だよ」って。URLとマンションの写真を送ったら、「ここ、あなたが通っていた塾のマンションだよ」って。私はまったく記憶がなくて。あまりの偶然に「きもちわるっ!」てなりました(笑)。
<10月にも、緒方さんのインタビューをお届けする予定です>
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