SNSコラム

AIに、どんなデータを与えるのか? レコメンドメディア時代における情報推薦 榊剛史(ホットリンクR&D部部長)

2023年06月01日
SNSコラム

レコメンドメディアがソーシャルメディアに並ぶ立ち位置まで台頭した結果、レコメンデーションという「受動的な情報探索行動」がフォーカスされるようになりました。
 
従来の検索行動が「クエリを自分で設定して打ち込む」という能動性を含むのに対して、受動的な情報探索行動は「ユーザーの趣味嗜好・興味関心や過去の行動履歴に基づく」という違いがあります。
 
こうした行動(能動 と受動)の違いは何か、情報推薦に用いられるアルゴリズムにどう対応すればいいのか? ホットリンクR&D部部長であり、中国・清華大学の「世界的AI研究者2000人」リストに載った8人の日本人の1人でもある榊剛史に解説を依頼しました。
 
(取材・編集:澤山モッツァレラ 文:サトートモロー)

レコメンデーションとは、受動的情報探索である

澤山:
最近、榊さんは、どんなことを調べておられたのですか?

榊:
従来のソーシャルメディア(人と人との繋がり)からレコメンドメディア(コンテンツとコンテンツの繋がり)が増えてくる中で、両者における「情報推薦」の違いについて勉強していました。

情報推薦とは、ユーザーの趣味嗜好・興味関心や過去の行動履歴に基づいて、ユーザーが欲しいであろう情報を推薦するというシステムです。私たちがよく用いる「レコメンデーション」と、同じ概念だと考えてもらって構いません。

Webにおける情報探索の方法は、主に2種類存在します。「情報検索」と「レコメンデーション」です。

情報検索は、クエリを自分で設定して情報を集めるという手法であり、能動的な情報探索の方法と言えます。一方、レコメンデーションは過去の行動に基づいて情報が提供される、パッシブ(受け身)な情報探索の方法と捉えることができます。

これまで、レコメンデーション機能はECサイトなどである程度使われてきました。Amazonの、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」というおすすめが表示される機能が代表的です。

澤山:
こうした機能は、SNSではあまり好まれてきませんでした。どういう理由があるのでしょう?

榊:
SNSは“人”が主体だからですね。あくまで自分が見たいユーザーをフォローしたい、タイムラインに表示させたいという欲求が働いているからだと思います。

また、Twitterはそれ自体が探索的要素の強いメディアという側面もあります。自分でタイムラインをコントロールしたい、能動的に情報を獲得したいという人がTwitterには多い気がします。

澤山:
メディアの特性上、アルゴリズムをそこまで精緻に徹底する動機がそもそもなかったと。

榊:
そうですね。加えて、アルゴリズムの性能に問題があったことも大きいでしょう。

Twitterでのおすすめに基づく情報に、欲しい情報があまり出てこないのはいい例です。YouTubeのおすすめにもいいコンテンツが表示されなかったりと、メディアにおけるレコメンデーションはこれまでいいユーザー体験をさせていませんでした。

TikTokが登場するまで、レコメンデーションを主として扱う発想はなかった気がします。最近はTwitterも「おすすめ」タブのアルゴリズムが改善されてきて、ほしい情報が出てくるようになってきたように感じますね。

テレビからYouTube、そしてTikTokへ

澤山:
確かに、ユーザーの嗜好に強く紐づいたレコメンデーションで、サクサクとコンテンツが表示される。この体験は、TikTokによるイノベーションだったと思います。

榊:
そういう意味で、Spotifyもレコメンデーションサービスと言えるかもしれません。

澤山:
そもそも、どうしてレコメンデーションのニーズがここまで台頭するようになったのでしょうか?

榊:
これはSNS含めたWebサービスが浸透した結果、受動的な情報取得をする層が多くなり、レコメンデーション機能を求められるようになった部分が大きいと思います。
 
Twitterを例に出したように、初期からWebサービスに触れている人は能動的に情報探索する傾向が大きいです。これが変わってきたのはYouTubeあたりで、より幅広い層にメディアがリーチできるようになりました。結果、レコメンデーション機能の需要が生まれたのだと思います。

音声・動画で情報を受発信でき、かつ受動的に情報を取得できるメディアはYouTube以前まであまり見られませんでした。YouTubeが登場し、スマホの浸透もあってテレビの代替的な存在となるまで成長したところで、TikTokが台頭してきた。そういうイメージを持っています。

澤山:
一連の流れを考えてみると、TikTokで動画をスワイプするのは、テレビでチャンネルを変えるのと同じ感覚ですね。

榊:
今あるSNS、LINEやFacebook、Twitter、Instagramの位置づけはそれぞれ異なります。

LINEは自分の居場所を形成する、ソーシャルグラフ的なメディア。Twitterは情報探索性が強いメディア。FacebookとInstagramは劇場性のメディアだとされています。劇場性というのは、誰かに「見られたい」といった自己承認欲求に基づく発信が行われているという意味合いです。

TikTokは、このいずれにも当てはまりません。共同体として誰かとつながる場所でもなく、Twitterのように情報探索する場所でもなく、ただ情報をパッシブに受信し続ける。そういう意味では、これまでになかったソーシャルメディアと言えます。

澤山:
TikTokを使っていて感じるのは、恐ろしいほどのレコメンド精度の高さです。私の趣味嗜好に、完全にアジャストされている気がします。料理のレシピとか、トレーニング動画とか、ダイエット情報とか。気になる動画を見つけたと思ったら最後、何時間も見続けてしまうことも珍しくありません。

榊:
TikTok自体、情報推薦をメインに組み込んだサービスをどう作るかという問いに対する、集大成のようなメディアだと思います。ここまで完成度が高いメディアは、おそらく初めてでしょう。

情報推薦の研究というのは、Netflixなどがサービス初期段階からずっと続けています。しかし、これらのサービスの弱点は「ユーザーの行動データを収集しにくい」という点にあります。なぜなら、1本あたりの動画時間が長いからです。ワンクリックで、1時間以上の視聴が当たり前に発生します。

Amazonも同様で、ひとつの購買行動でそこまで多くのデータは収集できません。だからこそ、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」という情報推薦で、なるべく多くのデータを集めようとしているのでしょう。

「情報の蓄積」による最適な居場所探し

澤山:
今のお話を聞くと、情報推薦では「コンテンツの蓄積」が重要ということでしょうか。

榊:
TikTokのアルゴリズムにも分からない点はありますが、「どれだけ多くのコンテンツを発信し、情報を蓄積するか」が重要なのは間違いないと思います。

情報推薦に関わるデータを蓄積しようにも、コンテンツがひとつだけだと関わるユーザーは限られます。コンテンツが増えれば増えるほど、自分のアカウントに興味を持つユーザーの情報が精緻になっていくわけです。

推薦アルゴリズムを統括するAIに、しっかりとデータを提供するという観点で、「まずはコンテンツを増やしましょう」と言うことができるでしょう。

澤山:
ひと昔前までは、TikTokでも「最初の動画で500万再生突破!」という現象が見られました。が、情報推薦の原理原則に則ると、コンテンツの全体量は増えるものなので、自然とこうした現象は少なくなってくるのでしょうか。

榊:
サービス提供初期は、宝くじに当選するような瞬間に立ち会えることもあったでしょう。しかし、コンテンツが増えれば増えるほど、自分のコンテンツは埋没しやすくなります。

そうなると、自分の商材が刺さるユーザーに、どうリーチするかを考えなければいけません。レコメンデーションの精度を高めるために、AIにデータを提供する必要が出てくる。つまり、コンテンツを増やそうという結論に至るわけです。

図で説明していきましょう。この画像全体がTikTokの空間で、中央にいるのが自分の商材が刺さる潜在ユーザーだとします。現時点では、壁の向こうにいる人が誰か分からないように、潜在ユーザーの全体像は分かりません。

そこで1本動画をアップすると、壁に穴が空くようにその先の潜在ユーザー像が一部見えるようになります。

これだけでは情報として不十分なので、さらに動画を上げていきます。そうすると、壁にどんどん穴が空いていき、潜在ユーザーの姿かたちが鮮明になっていくわけです。

澤山:
コンテンツの蓄積で、潜在ユーザーがどのコンテンツに反応するのか分かるようになり、アルゴリズムを誘導することでコンテンツが届きやすくなると。図で見るとよく分かります。

高品質なコンテンツを多く届けられれば、「いいね」やブックマークされる頻度が高くなり、ブランドの信頼性の向上や長期的なフォロワー獲得につながるのですね。

榊:
研究者風に表現するのなら、潜在空間を探索して、自社に一番フィットする場所を探して最適化するというか。「潜在空間の中での最適化」というか。自分の最適な居場所を探すという意味では、SNSもTikTokも一緒かもしれません。

両者の明確な違いは、SNSが投稿に対するユーザーの反応で探索を行なっているのに対して、TikTokはアルゴリズムを介して探索しているという点でしょうか。

間メディア型マーケティングの重要性

澤山:
情報推薦を主としたメディアが注目されるのと同時に、ショート動画の重要性も増しているのはなぜなのでしょうか?

榊:
プロバイダ側の視点で見ると、短いデータで多くのユーザー行動データを収集できる方が、推薦アルゴリズムの精度は高まることは明確だと思います。

ユーザー側の視点で見ると、先ほどおっしゃっていたスマホの普及に加え、性能の向上、テレビを代替するネットワーク通信の技術革新もまた、動画のニーズを高めた気がします。加えて、シンプルにみんなせっかちになったから、ショート動画が見られやすくなったのかもしれませんね。

澤山:
ショート動画の普及に関して、AIはどのように関与していると思いますか?

榊:
直接的に関与してきたというよりは、AIによって各種サービスの体験がリッチになった気がします。

最近感じているのは、TikTokの中だけでバズるには限界があるなということです。TikTokから世の中に影響を与えるには、「間メディア」的な観点が重要だと思います。

澤山:
間メディア?

榊:
かつて、メディアといえばマスメディアだけでした。Webメディアが増えた後も、それぞれのメディアは「閉じた関係性」にあったのです。SNSが登場したことで、TwitterやInstagram、LINEでさまざまな情報が発信されるようになり、メディアを渡り歩くようにして情報が伝播していくようになりました。

この一連の流れを表す言葉が「間メディア」です。学術領域では、学習大学の遠藤先生が「間メディア社会」という概念を提唱されています(参照)。

最近の例だと、回転寿司チェーンで起きた炎上騒動が典型的だと思います。あの時は、Twitterに動画が投稿・拡散され、それがまとめサイトに掲載・拡散され、さらにはYahoo!ニュースやマスメディアで取り上げられました。

TikTokも、拡散のフェーズは似ています。TikTokで動画が投稿され、Twitterに拡散され、まとめサイトに掲載され、最終的にマスメディアに取り上げられるという。

TikTokの中だけで影響力を高めていきたいのであれば、TikTok内だけでコンテンツを発信するのでいいと思います。実社会にも影響を与えようと考えるのであれば、他のメディアの特性も捉えつつ、そのメディアでも拡散されるという観点を持つことが重要です。

SNSやメディアごとの性質を理解して、それを活用した「間メディア型のマーケティング」と言い換えられます。

澤山:
今のお話をうかがって思い出したのが、Oisix(オイシックス)さんのクレヨンしんちゃんとのコラボです。春日部駅だけに展開された広告は、SNS上で爆発的に拡散され、朝の情報番組でも紹介されました。

榊:
素晴らしい。お手本のような、間メディア型のマーケティングですね。

レコメンドメディアは「コンテンツを介した人の繋がり」

澤山:
改めて、榊さんはレコメンドメディアとはどんな存在だと考えていますか?

榊:
コンテンツを介して、人と人とを繋げるものですね。新しい概念に見えますが、ネットワークの観点で見ると、そこまで目新しいものではありません。

例えば、情報推薦の話で取り上げてきたAmazonは、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」というメッセージで、商品を介して人と人をつなぐネットワークを構築しています。

このように、モノと人とがどのようなネットワークを構築しているかで考えることが、WebメディアやSNS、レコメンドメディアを捉える時に重要だと思います。

この観点を持つと、あらゆるネットワークは「モノのネットワーク」「人のネットワーク」「人とモノのネットワーク」のいずれかに分けられます。例えば、Webメディアはモノ=コンテンツのネットワークです。人の行動データも収集はできますが、それほど強くありません。

それに対して、SNSは人のネットワークが中心です。ただTwitterのように、投稿(モノ)に対する「いいね」やリツイートなどのやり取りもあるので、人とモノのネットワークの側面も持ちます。レコメンドメディアであるTikTokは、人がコンテンツを投稿してそこに人が反応します。エンゲージメントという形で、より人とモノのネットワークとしての要素が強いと思います。

澤山:
なるほど。人とモノのネットワークが、どのようにアップグレードされていくのか、楽しみですね。

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