ホットリンクでは、業務効率化と価値創出の両立を目指し、AIの全社活用を進めています。
昨年10月に公開した「全社AI活用を推進する、ホットリンク10のアクション」では、評価制度への組み込みや社内にAI活用を促す空気づくりなど、AI導入初期の取り組みを紹介しました。あれから半年、社員のAI利用率は大きく伸長し、「週に5回以上、生成AIを利用する」社員の割合は73.9%に達しています。
本稿では、当社執行役員の大野俊太郎とAI推進部 部長の美川貴彦に、2024年後半から現在までの施策と成果について聞きました。評価制度の手応え、社内プロジェクト「AI60(エーアイシックスティー)」やNotion AI導入のインパクト、そして業務全体へのAI実装に向けた取り組みをお届けします。
(インタビュー・執筆・編集:倉内夏海)
この記事に登場するメンバー

株式会社ホットリンク 執行役員 経営企画担当
大野俊太郎
2019年6月、ホットリンクに入社。前職のインターネット広告代理店勤務時より一貫して企業のソーシャルメディアマーケティング支援に従事。コンサルティング本部の部長・本部長を経て、2024年1月より執行役員に就任。

株式会社ホットリンク アドテクノロジー本部 アドテクノロジー部 部長 兼 AI推進部 部長
美川貴彦
2020年5月、ホットリンク入社。アドテクノロジー部の部長として、SNS広告運用業務に従事。2023年からは社内のAI活用プロジェクトを牽引し、部署を横断した業務の効率化に取り組む。2025年1月よりAI推進部 部長を兼任。
「組織全体での日常的なAI活用」のためにホットリンクが実践した、10のアクション
(1)Slack上での会話量の可視化や毎週の朝会での共有など、社内でのAIに関する会話の活性化
(2)各部署でのAIを導入できそうな業務のリストアップ
(3)MarkeZineでの連載など、AI活用に関する継続的な社外発信
(4)社内のAI活用方針を「使い倒す」から「能力拡張とパフォーマンス向上」へと再定義
(5)AI活用を評価項目に含めた、社内評価制度の運用
(6)AI活用推進チームを「AI推進部」として組織化
(7)既存業務の60%にAIを導入することを目指す「AI60」の実施
(8)情報探索の効率化・習慣化を目的とした、Notion AIの全社導入
(9)運用代行やバックオフィス業務など、複数領域でのAI導入プロジェクトの推進
(10)業務をAIに最適化するための業務フロー整備の着手と実行
AI活用の日常化を後押しした、評価制度の力
――前回の記事で、「2024年9月よりAI活用を評価制度に組み込んでいます」というお話がありました。今年1月に実施された2024年下期分の評価では、どのような変化や手応えがありましたか?
大野:まずは、アドテクノロジー部の部長としてメンバーと向き合っている美川さんに、印象や変化を話してもらう方がいいかなと思います。
美川:そうですね。評価への組み込み自体は経営層が決定し、評価項目への落とし込みは人事が行いました。2024年下期分の評価が初運用となったため、評価をする側もされる側も手探り感はありました。部署によってもAIを使いやすいところ、使いにくいところがあるため、「どのように評価するか」が分かりづらい部分も正直あったと思います。
それでも、社内の「AIを使う」という意識づけを強くする上で、評価への組み込みは大きな意味があったと感じています。
大野:私もそう思います。AI活用を自分ごととして捉えるきっかけになったんじゃないかなと。
美川:はい。特にアドテク部はAIを使いやすい部署ということもあって、評価への組み込みによる手応えを感じました。例えば「マクロをChatGPTと協力して書けるようになった」「作成したマクロを他部署にも共有して、みんなが使えるようになった」といった具体的な実績も出てきました。
そうした取り組みをしっかり評価することで、「AIを使うと良いことがある」というポジティブ且つ積極的な姿勢が生まれたと感じています。
大野:私の立場からすると、社内に対して「なぜAIを使っていくのか?」という説明をしなくてよくなった点が大きいです。もちろん、実際に活用してもらうためには、丁寧な説明や働きかけも必要ですし、「脅すようなやり方ではダメだよね」という前提はあります。
それでも、「全社AI活用推進」という大きなプロジェクトに、評価項目として“背骨”が一本通ったことで、どんな議論をするにも共通の土台ができたと言えますね。
一方で、今後さらにAI活用が進めば、評価制度ももっと緻密に設計する必要があると感じています。もう少し定量的な指標や、共通の認識を持てる仕組みが必要になるかもしれないという予感が現時点でもあります。
リアルな話としては、2025年いっぱいは今の体制で進めていくことになると思います。そして、さらに活用が進んで課題が明確になってきた段階で、次の制度設計に反映する。そんなステップで考えています。
GPTsやSlack活用で広がった「使ってみる」文化
――ここからは、前回の記事以降の取り組みを振り返りたいです。2024年9~12月頃は、どのような取り組みがあったでしょうか。
大野:この時期は、「社内のAI利用促進」「業務フローへのAI導入」「社外への情報発信」の3本柱で、AI推進の旗を振っていました。
たとえば、「社内のAI利用促進」では、多くのメンバーが集まる毎週の朝会での共有を必須にしたり、本部別のSlackチャンネルを整備してコミュニケーション量を可視化したりする取り組みを行いました。まずは、会話を発生させることが重要だと考えていたからです。
「業務フローへのAI導入」では、各本部でAIを導入できそうな業務をリストアップし、それが進行中なのか完了しているのか、といった状況を把握する仕組みをつくりました。これは、2025年1月から始動した「AI60」の前身となる取り組みです。また、各本部でAI推進担当を選任してもらいました。
「社外への情報発信」については、社内での取り組みをきちんと外部に伝えていくという意図で、マーケティング部と連携しました。美川さんにも、昨年12月からMarkeZineでAIに関する寄稿連載を担当いただきましたね。
美川:この時期から、毎週の事業サイドのメンバーが集まる朝会で5分程度は必ずAI推進からの発表の時間をいただいて、「このツールではこんな使い方ができますよ」といった紹介も始めました。ホットリンクにおけるGPTsの活用も、この時に一気に広がりました。
大野:そうですね。この時の方針が「具体的な目標をもって、管理しながら、組織的にAIを使い倒しましょう」だったので、使い倒すための雰囲気づくりの一環として、美川さんから朝会やSlackのAI活用チャンネルで、活用のヒントや最新情報を共有していただきました。
質問が多いほど活性化するので、「分からないことがあれば、どんどんSlackに投稿していきましょう」とも呼びかけていましたね。
ただ、会話量が増えたことや「使い倒していること」に満足して良しとしないように、業務フローへの定着を図り、その先に人間の能力拡張があるべきだとも考えていました。当時の社内資料にこんなスライドも入れていました。

――「人間の能力の拡張」というのは、具体的にどのような意味でしょうか。
大野:AIに文章を書かせる、というレベルを超えて、マクロを自分で書けるようになるとか、他のツールと組み合わせて課題を解決できるようになる。そうしたスキルをAIを通じて身につける、という意味です。
AIで全てを自動化するのではなく、AIを使うことで人間が今まで扱えなかった領域にアクセスできるようになる。それが最終的にパフォーマンス向上につながるという考え方です。
――たしかに、AIを使うことで業務が「自動化される」よりも、「自分の能力が高まった」と感じられることの方が、長期的な成長につながりますよね。
美川:はい。このような考えから、「AIを使って能力拡張⇒パフォーマンス向上」をAI活用の方針として、2024年11月の朝会で正式に社内発表しました。「AIリテラシーを底上げすることが重要である」というメッセージも、社内に向けて明確に伝えました。
とはいえ、この発表をしたからといって、すぐに全社員のスキルが上がるわけではありません。むしろ、中長期的に取り組むべきテーマだと捉えています。
ただ、確実に変化は見えていて、スキルを伸ばした社員が他の社員に刺激を与え、「自分もやってみよう」という動きが生まれています。全員が一気に変わるわけではありませんが、徐々に波及している実感はあります。
大野:2024年の後半に、「どう頑張るか」という方向性が定まったことが大きかったですよね。「ChatGPTをたくさん使えばいい」という話ではなく、どう使うかが問われるようになった。
実際、朝会での事例共有なども、その流れを汲んだものになっていきました。例えば、CNSなどの部署で「こんなサービスを作ってみました」「こんな機能を試しました」といった自発的な動きが生まれるようになり、半年ほどのリードタイムを経て成果が表れ始めている印象です。
「AI60」を経て見えてきた限界と、業務フロー整備への転換
大野:2025年に入ってからは、かなり体系的に動いていました。
たとえば「AI60」という全社規模のプロジェクト、運用代行サービスへのAIの組み込み、ホットリンクが運営するトレンド発信メディア「fasme」に特化したプロジェクト、Notion AIの導入、社員のAIリテラシー向上、バックオフィス業務の合理化などを進めてきました。
これらは2025年1月頃から本格的にスタートし、3月末のタイミングで美川さんに振り返り資料を作成いただきました。それによって、4月以降現在も取り組んでいる業務フロー整備にもつながっています。
――「AI60」はどのような取り組みだったのでしょうか。
大野:「AI60」は、既存業務の60%に何らかの形でAIを導入することを目指したプロジェクトです。「何らかの形でAIを導入する」をゴールとしたことで、業務へのAI組み込みは着実に進みました。業務への導入自体は進んだものの、次の段階としてフロー全体の見直しに着手しています。
美川:私も、その点は実感していて。「AI60」は業務単位でAIを導入していく「点」の施策で、各部署で「これはやれる」「これは難しい」と仕分けしながら動くことができたので、比較的スムーズに進みました。実際、「導入できて楽になった」という声もありました。
しかし、それがそのまま会社全体の業務効率化や高度化に直結していたかというと……そうではなかった。その実感があったからこそ、既存業務への組み込みだけでなく「業務フローそのものを見直す必要がある」と考えるようになりました。
ただ、「業務フロー整備」も、なかなか簡単ではなく……。「AI60」と「業務フローの見直し」は、進め方も目的も性質が全く異なります。
実際に進捗が鈍ってしまった要因の一つとしては、私自身の工数が足りていないこともあります。そして、業務に詳しいだけでも、AIやシステムに詳しいだけでも上手くいかず、その両方を理解して橋渡しできる人がいないと、前に進まないことを痛感しました。
このように伝えるとネガティブに受け取られてしまうかもしれませんが、私たちとしては、体制強化の必要性が見えたことも一つの成果と捉えています。
――美川さんはもともと、「AIを“点”で組み込むだけでは高度化は難しい」という考えでしたね。
美川:そうですね。AIは「線」として業務全体に組み込まないと意味がない、というのがもともとのスタンスでした。でも実際にやってみて思ったのは、「点」で使える形、つまり導入しやすさや現場に浸透しやすい形も同じくらい大切だということです。だからこそ、点での導入と線での設計の両方を回していかないと、本質的なAI活用は実現しないと感じました。
――業務フロー整備の具体的な内容について教えてください。
大野:たとえば運用代行では、Xのアナリティクスデータを毎月ダウンロードし、システムにアップロードすると、グラフや考察が自動生成されてPowerPoint形式で出力される仕組みを、3か月かけてスクラッチで開発しました。品質も一定程度は担保されていて、やっと効率化につながるフェーズに入っています。ただ、これは新規案件にはスムーズに組み込めるものの、既存案件にはすぐには導入できない壁もあります。
美川:この「既存業務とのギャップ」を埋めるために、今は各部署と一緒に業務フローをひとつひとつ整理して、業務側とシステム側をつなぐドキュメントを作っているところです。現状、各業務の進め方を正確に言語化した資料がないため、システム側は業務の全容を把握しづらい状況です。一方で、業務側は「システムにできること」を明確には理解していない場合も多いです。そこで、私や大野さんが間に入って共通認識を作っています。
――そうした仕組みづくりを進める中で、スピード感との両立も重要になってきますね。
大野:はい。考えてばかりでは進まないので、失敗を恐れず、とにかくやってみる。設計には気を配りつつ、スピード感を持って取り組む必要があります。今年中に業務フローを整備して、AI化できるものを可能な限り進めていく。その中でも運用代行は最優先なので、第2四半期中には何かしらの形にしたいと考えています。
美川:私も今は、「やってみないと始まらない」というスタンスです。もちろん、実際に作ってみないとうまくいくかどうか分からない部分もあります。でも、ホットリンクでは「AIに詳しい人を増やす」のではなく、誰でも橋渡しができるように共通言語となるドキュメントを整備していく方針です。だからこそ、まずは動かしてみることが何よりも大事だと思っています。
Notion AI導入がつくった、調べる習慣と成功体験
――2025年に入ってから、「AI60」の影響もあり、社員のAI利用頻度がさらに高まったように思います(※関連記事)。お二人はどのように捉えていますか?

大野:私の感覚では、浸透の背景には「AI60」とNotion AIの2軸があると考えています。
「AI60」は、各本部に対して「この業務にこう組み込む」といったプロセスレベルまで落とし込んで設計されたものでした。部長クラスから「こういうプロセスで使ってください」と具体的な指示があったことで、現場レベルでも「じゃあ、やってみようか」と動きやすくなったのだと思います。
同じように、Notion AIの導入でも「こういうふうに使ってください」とプロセスを指定してきました。たとえば「Slackで質問する前に、まずNotion AIで調べてください」と明確に伝えていたんです。実際、Slackで質問すると「その質問、Notion AIで調べましたか?」と聞かれることも増えてきて、自然と定着していったと思います。
――私自身もその流れ、かなり実感しています。「まず自分でNotion AIに聞いてみる」という行動が習慣化されてきたように思います。
大野:そうなんですよね。Notion AIはプロダクトとしての完成度も高くて、ユーザーが使って「これは便利だ」と思える体験を得やすいんです。ただ面倒なプロセスを強いられているのではなく、「実際にこの方が早いし楽」という実感が得られるから、自然と利用が広がっていった。そういう意味では、AI活用の広がり方として、とても理想的なケースだと感じています。
――美川さんの方では、利用率の向上や社員の意識変化について、どのように感じていらっしゃいますか。
美川:AI活用の浸透には、もちろん「AI60」やNotion AIの存在も大きいですが、それに加えて、執行役員を含む経営層が一貫してメッセージを発信し続けたことも影響していると思います。
朝会や四半期ごとの全社会議、各チームの振り返りなど、あらゆるタイミングで「AIを使おう」「活用することで、こんな未来が」といった言葉を発してきました。いわば、危機感と期待感の両方を醸成してきたんです。
メッセージの発信による空気づくりと、Notion AIという実用性の高いツール。この両輪が揃っていたからこそ、今のような定着が実現できたのではないかと思います。便利なツールやサービスを導入しただけではリテラシーは上がりませんが、実際に成果が得られる体験があってこそ、日常的な利用が根付いていくのだと。
道具から文化へ。AI活用が変えた仕事観とこれから
――最後に、AI活用推進から約1年が経過した今、ホットリンクの社内で感じている変化があれば教えてください。
大野:以前は、「この問題、どうやって解決しようか」と頭を悩ませていたことでも、今ではChatGPTに投げかけてみることで答えのヒントが得られます。Notion AIで情報を検索すれば、Slackやドライブをひたすら漁るよりも早く欲しい情報にたどり着ける。そういった思考の起点が変わったことが一番の変化ではないでしょうか。
美川:そうですね。Excelの関数を考えるのが大変だったのが、今では「この関数どうやって組むんだっけ?」とChatGPTに聞けばすぐに答えが返ってくる。実装までが早くなったという話はあちこちで聞きます。そういった、考えるための時間が短縮されているのは間違いないと思います。
――確かに、「考えないといけないこと」の中身が変わってきた感じがありますね。
大野:まさにそこです。これまで自分の頭で試行錯誤していたところに、AIという「壁打ち相手」が入ってきたことで、思考のプロセスが変わってきている。
だからこそ、「考える力が育たなくなるのでは?」という不安も一部では出てきているようです。逆に、AIによって単純作業が自動化されて、そのぶん考えるべき領域が広がりすぎている、という声もあります。
美川:私もどちらかというと、「考える量が増えた側」です。AIによって手を動かす作業は圧倒的に楽になりましたが、じゃあ「どう設計するか」「どう伝えるか」「何をゴールにするのか」といった上流の工程が、むしろ重要になってきました。仕事の定義そのものが、人によって、職種によって変わり始めているという実感があります。
――私自身も「問いの質」が求められるようになったと感じます。例えば、生成された文章が綺麗であればあるほど、「一見綺麗な文章だけど、これって本当に言いたかったことなのか?」と立ち止まる場面が増えてきました。
大野:そうですね。だからこそ、AIをどう活用するかだけでなく、「何を考え、どう判断するか」という人間側の役割が一層重要になります。AIが活用されるほどに、私たちの働き方の中身は確実に変化している。ただ、それが「楽になった」ではなく「質が変わった」ということなんだと思います。
――まさに、ホットリンクにおけるAI活用の1年は、道具としてAIを使えるようになっただけではなく、それを通して業務そのものの捉え方や働き方の前提が更新されていくプロセスだったのですね。
美川:はい。これまでは「AIを使いましょう」というメッセージだったものが、今では「AIを使って当たり前」という状態に移行しています。今後は、その当たり前の質をどう高めていくか、そこを試行錯誤する段階に入ったと感じています。
――大野さん・美川さん、今回も実態に即したお話をありがとうございました!